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2020-05-25 (Mon) 16:31

結局もとに戻しました/思い出ぽろぽろ


そのかわりに、たなにしいていた布,モデルのページ 目隠し兼インテリアの紙袋 を模様替え。
 
CHANELの黒の紙袋に変えてみた まえは、ブルーが強い小花柄の生地、モデルは表紙を飾り、空きに覚まし時計をおいて,ヴィトンの黄色い紙袋でした。
 
どっちがいいのか、今日もぱっとはわからないんです。そーいうのなかなかないんだけどな。黒か黄色か。ほんとは焦げ茶がいいんだけどないもんはしかたないしね。
ちなみに私の宝物、素敵な紙袋のほぼすべて、ホテル清掃のバイトの時のきれいなゴミです。
紙袋をどけると隠したいようなごみっぽいものがスーパーの袋に無造作にほりこまれてる、場所がないのでしかたない。実はシャネルやヴィトンの紙袋の後ろは、実家からの差し入れ時のたっパーをためている場所なのです。次回の差し入れ時に交換して下さる(母)
 
 
近所の姉は。あさごはんにパンをたべるのでホームベーカリーで1斤焼いてもらい、神社でくんでくる飲用水があまってしまうのもあり、姉のところには10リットルの水もとどけられる。これは父がもってゆく。わたしはエレベータなしの四階にいるので思いみずはさすがに気が引けて断り自分でつくってる。75と70の両親が毎週夜逃げみたいに大荷物でやってくる。元気でなにより。ありがたいです
…できるうちはやりつづけるねん。自分への活とたぶん料理にこだわりがあって本来は向いてて好きなんだと思う。体操を始めた時にはそう決意でやりだして30ねん。なぜならたくさんのお稽古ごとを、師範までとったらその後はだんだん遠退いて、しだいにしなくなった。せっかくできたことも離れるとそこで終わり。そんなこともう嫌だ、だから次からはなんでもずっと続けるねんというてる。しかし体操もご飯も、やらなあかんの仕事であるからプレッシャーのほうが重くて、たのしいとか好きがよこに追いやられてしまっている、うんざりしんどい簡単にすませよう、にとってかわることもしょっちゅうあるように見受けられる。でも平気でサボれない性格だからか、じいちゃんに急かされおこられるから先先動いてきた経験からじっとしてられないのか?よっぽどの怪我をしてもご飯ずっとつくりつづけ、体操もできる範囲でしている。もう淡々と熱心でメンタル強くて心が折れない、楽天的で、体操したらなんでも良くなる、あるいはほっといたらいつかなんとかなる、だから痛かろうが不具合だろうが気にしない。私は悲観的になりがちなので、よくなると信じられるプラス思考の力がうらやましい。また特に料理にはちょっと、こだわりがあるので買い物や料理は人にまるなげしてやってもらうのが嫌なのだ。美味しくないまちがった素材を買ってきて、手際よくなく自分より不味いものを作るのはわかりきったことだから任すのが嫌なのだ。物ごころついたときからずっと家事や内職をし、弟の面倒をみて、畑にいく両親にご飯をつくって。生まれた時から母をやってる。だから、ひとにやってもらう、人を頼る。というのは母の辞書にないみたいだ。体操をつづけてるのは、年取っても人をたよらず不具合ができるだけ少なく自立して元気でいたい。というのが一つ、もうひとつは周りにみっともなく迷惑をかけたり頼ったりしたくない。という気持ちも大きくあると思う。ひとをあてにし、人にやらせて悠々自適。母の辞書にはない言葉だ。人を頼る甘える、人にやってもらって自分はなにもしない。とても愛情をかけられたり親切にされたり大事にされたり・・・。そんな経験がない。どっちかいうと、こきつかわれて無造作に扱われる、悪気なく無神経なことを親に言われる、そういうのになれていてしみこんでいるのだ。だからかえって、子供に親切にされたりかわいがられたりするのが苦手みたいにすら思える時がある。人にやってもらうという甘やかされた経験があまりなく馴れてないのでかえって身のおきどころがなくってどう反応していいやらで、おちつかないじゃないかな……。
 
やってもやらなくても誰にもおこられないし、何も心配ない状態であったなら、回遊魚な母はどうなるだろう。やはり疲れてると思うのでしばらくは空白みたいにごろ寝ばっかりだろう。しばらくして退屈して、またなにかをやりだすだろうな。普段は作れないようなお菓子やパンをつくってみたり。家の手入れを徹底してみたり。旅行に行ったり習い事にいったり?
 
いろんなことに興味があってたくさんのお稽古ごとをみなこつこつやって上達してきた今まで。師範もいくつか取ってる。けど、それを仕事にするだけの勇気や度量,野心や自信がなかった。あるいはそこまで突き詰めたいと思うほどには好きじゃなかったか、それに対する情熱が足りなかったのかもしれない。何が何でも絶対これをつづけたい、というのがなかったんだと思う。

母は自分への評価がわりとシビアなことや気が小さいとこがある。たとえば周りの眼や一般常識や親のいうことを最も気にして、親のいうことにかなり影響をうけていいなりで、とにかく1に、親の意向にそってしか生きられなかった。親には逆らえなかった。やりたいことは親が許してくれる範囲のもので、やりたいことは親のきめた結婚生活の中で合間に個人的にやろう。

料理や刺繍、洋裁のうまいこと(スーツまではつくらなかったね、日常よく使うもの)アートフラワーもつくづく凄いしうまいとわたしは思ってそういってもあまり喜ばない。プロに近いひとが集まる教室では、発想が斬新なひとが数々いて、かなん自分は普通やと思ったらしい。自分はなんでもできるまでこつこつやれる。しかし師範をとるまでいっても師範にはならなかった。合わないものはそうなるもんじゃない?お茶お花和裁は親にさせられただけやん。自分で選んだ料理と洋裁と体操はのこってるやんか。アートフラワーは日常生活からはずれてるから、しだいに遠ざかった。生活の中の実用的な芸術というのがお母さんに合っていると思った。母は、自分はとびぬけた才能がない,続けても彼女みたいにはなれない、決まったことはきちんとできるのだがという。私はいう、あの頃はあれが限度だったけどもう一度やってみた時にはまた違うかもよ、努力自体が、続けること自体が一番素晴らしいことで、普通というけどその普通さえ出来ない人のなんとおおいことかと思うよ。いくら才能があったって努力継続をしなければ、打ち上げ花火とおなじ一瞬で終わって後に残らないのだから。努力の継続が一番の美徳って神様もいうてたんやで。
学者や芸術家みたいに、何か一つに秀でて個性的な「才能のある」人に憧れがあったのだろう。しかしね、先天的に天才肌のひとって、変人変態、変わった生活上の癖、変な儀式をしてみたり、何らかの病気持ち、ひどくくせある性格と生活、理解の及ばない神経質と神経過敏、あるいは逆に一部は超鈍感でポンコツ、一般常識知らないままだったり。…結局人格破綻してる人多い気がする。それゆえにとても苦しんでるような気がする。それでもよかったら・・。毎日お祈りしてあきらめず、人の道踏み外さず、コツコツがんばってれば、才能、あるようになるんじゃない?だって先天性の才能って、前世で経験者だからってきいたんだけど、じゃあ、いつかの前世では経験も才能も0だったはずなんだから。そして死んで終わりでなく、つづきはあの世で出来るし、やりたかったこともできるし、どうしても変えられない運命宿命をいいふうにとらえて日々神様がそうしてほしいような生き方をしておれば、成績がよければ、来世で生まれ変わる時にはよい環境と自分をえらべる、って。ということだったら、何歳から何を始めても無駄にはなるどころか、貯蓄となって来世の才能や自分自身の顔体、よい環境にうまれるための種をつくることにつながっていて、神様もそれを見てよろこんでいる、年の早いうちからがいいけれど、年寄りがはじめても覚えばわるくとも、その努力を見ていて、神様がようやってるね、えらいえらい、と、あたえてくれるものが必ずある、ということ。・・・・・
それでもなんでも母はひねくれずに生まれた時から優等生で、ちっさな石の隙間からさいている花みたいにどんな環境においてものびようという気持ちと行動の絶えない、生命力と向上心のたえない希有な人だ。年取っても変わらない。生命力と負けん気がつよかったから、学校で身に付けたものは良質な家事をする家庭の主婦としてしっかり活用してからっと根明に生きてきた。散歩の時に言ってた、何事も続けないとやめるとそこでおわり、物になっても忘れて消えて行ってしまう。私は何も中途半端にやめてしまった(私とは次元がちがいすぎる)、いろいろ出来て凄いと言われるのが、器用貧乏みたいに聞こえてとっても嫌だ、と。(私とは次元が違いすぎる)こういう自分の素質をいかんなと思ってたようで30代後半から始めた体操、生命の貯蓄体操 だけは続けよう。と決意してそして、30年以上たった。もう信仰の域にはいっている。これからもつづけるんだろうな。素晴らしい根性!さすが10年単位で物事を成就させる根気の良いアマテラス様、太陽やな。…(小学校の先生に即席でつけられたあだ名、アマテラスは、太陽の神様のなまえ。ぴったり)

,結婚してからは共働きなので商業高校でとった経理の資格で軽実な経理事務ばかりして、それがいつも印象の中心にあった。会社の制服をきたままでひるやすみ母はいったん家に帰ってくる。週3回4時までの扶養内の事務職のかたらわ、体操にかよい体操の勉強をし試験勉強、そして試験をうけに四国までいく、師範になり教室を3つ、掛け持つようになった。その傍ら多い時は3人分の朝ごはんとべんとうをつくり選択をして干し、夜ごはんの材料を仕事の休み時間にかって帰って来るのだ。で10分くらいで食事をすませてまた職場へもどる。超人だ。前後かごつきの自転車で40分くらいは平気でどこでもいく。どうやら車とパソコンだけは苦手で車は無理みたいだった。免許とっても合わないもんは身に付かないな。

こんな超人がいつも近くでいてそれで普通に思っていたので、他の多くのおばちゃんの文句をきくと・・。専業主婦でしかなく、しかも買い出しにも車で行くような人が、専業主婦の仕事ってきりがなくて忙しいとかいってるのを聞いてもうアホちゃう、こんなんにはなりたくないわと思った。文句多いおばちゃんの中にいて、トミコさんは外では(家でも)痛いやしんどいやら、人の悪口亭主の悪口いっさいなし、あっちこっちでてきぱきと活躍、自分のしてることを少しも語らない、自慢しない。超男前、凄いバイタリティ。外見はいたってこじんまりした、かわいらしく取ったお母さん、おだやかでいて背筋がのびてしゃんとして働き者のようにもおっとりしてるようにも見えて、気さくで明るく親切でいながら、べたつかずさっぱりした気質で、人に好かれやすい。いかにも普通の母というかんじもあって癒し系の存在感や話し方なんだけど、中身は責任感が強くてバランス感覚がよく仕事を安心して任せられる人だ。という評価で役に立つし頼りになる人であるのは外でも内でもおなじ。その雰囲気でなく行動をみると複数の役割と用事を素早大量にこなし少々おおざっぱで雑やけど凄い・・

というわけで・・・、技術でもって,金儲けや社会の評価は関係なく、自分の心の落ち着く趣味、家の良質な仕事、また時には身内に愛情を表現するための行為に落ち着いていったようでたくさんの服その他をつくってもらった。ワンピース、上下揃いの色違いの2着ギンガムチェックの寝巻き兼外着,数々のセーター。クッションのカバーやレッスンバック,給食ふくろ、うわばきいれ、簡単なぬいぐるみ,などなど…ちいさいころ夜中覚めて、おかあさんがおねえちゃんと茶の間でまだ起きてるから不振に思って朝起きると、横にウサギのぬいぐるみがある。40センチ程で平べったくまくらみたい赤いめ茶色の三角の鼻がついて、笑ったみたいな口がついている、やわらかいやさしい生地、うすいピンク色で水玉の服もきていたと思う。私が着なくなったムームーというハワイのおみやげワンピースをウサギの服に仕立て直したのだ。写真でおいとけばったのになぁ。懐かしいなぁー
 
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最終更新日 : 2020-05-26