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私の知人の女性の一人なのだが、きれいで心温かく、かつ多情な人がいた。夫との間に一子をもうけたが、まだその子が幼いうちに、夫も子供も棄てて、新しく好きになった男の元へ走った。妻に捨てられた夫は後に心優しい女性と再婚し、その女性が幼子を育てた。
 30年以上がたって家も子もすてた母は、回復の望めない癌にかかった。多分彼女の心に浮かぶのは、幼い時に分かれて会うこともなかった息子のことだろう。何とかして再会させる方法はないか、と私は考えた。

・・しかし結局、この母は、ついに時分から息子に連絡を取ることはしなかった。

病気になったから、電話をかけたなどということになると、お金か何か助けを求めて連絡を取ったのではないか、と思われるのが嫌だった、と彼女は語ったが、それだけのことではなかっただろう。

彼女は自分で子供を捨てた罰を自分に課したようにみえた。とにかく母と子の長い沈黙の歴史は終わり、母は何も言わず、息子に会う機会も自ら捨てて、この世を去った。
・・・・・・・・・・
一人の人間が、生の盛りを味わう幸福な時には、死は永遠のかなたにあるように見える。しかしその同じ人が、必ず生涯の深い黄昏に入っていく時期があるのだ。それでこそ、多分人生は完熟し、完成し、完結するのだ。だから人は「さみしさ」を味わわなくてはならないのだ。私はもうその経過をいやというほど多く見てきた。

・・私は子供の時からいつも死を思い、どのように辛さに耐えて、自分が好きだった人たちと別れるかを、繰り返し心の中で反復練習する癖があった。しかしこんな練習がいざという時全く役に立たないだろう、と自分をあざ笑うような気持も同時も持っていた。「人間の愚かさについて」・・心の内はどうであろうと、今は葉子に対する責任と信頼を裏切らないことこそ、本当に正しい愛の形ではないかとも思えた。「春の飛行」


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 2019_12_27




「そんなにお互いの間に信頼がなくて、じゃあ、いったい、何を目的に夫婦は生きているの?」またもや、素朴すぎるために、恐ろしいような、重い意味をもつ質問でした。

「あなたの場合でいいの。あなたは、何が望みだったんですか」
「息子を大きくしましてね」私は自分の頭の中を整理しようと努めながら言いました。

「そうですねえ。まあ、とにかく住む家を持たせて・・・」
「じゃあ、梅田さんは、もう望みを果たしたわけじゃないの」
「いえ、私の老後のことがあります。養老陰に行くだけのお金を貯めませんとね。息子たち夫婦の世話になる気はありませんから」
「それで、生涯の目的は果たせるわけね」
「そうです」

私は、その時の奥さんの沈黙の意味が、痛いほどよくわかりました。
たったそれだけのこと、一人の息子を育て、家を建て、養老院へ行く。それが、生涯の目的なのか、と奥さんは言いたかったのでしょう。しかし、文字通り、それだけなのです。それだけだって、女一人、一生かかる大事業です。奥さんも、私もそれを知っていました。だから、その事実が、それほど悲しかろうと、私達二人は、その前に、きっと顔をあげて、立ちつくすほかはなかったのです。「残照に立つ」

 2019_12_26




引っ越しの手伝いは素晴らしいアイデアだった。黙っていても相手の性格がよくわかる。力があるかないか、見えないところで手を抜くか誠実に働くか、命令をするのが好きな性格かそれとも命令されないと何をしたらいいのかわからない性格か、何でもわかる。
どうせ中途でお茶も出るだろうから、その時、気がきくか、大食いか、周囲に気を配る優しい性格かどうかもわかる。引っ越しがいいのは、周囲に比べられる人がたくさんいるからである。

自分の仕事に、意義と使命を感じられない人は本質的に好きになれない。
私は好きで小説を書いてきた。それなのに、生涯に数人は、あなたの書いたもので死なずに済みましたと言ってくれる人がいる。・・しかしその人たちの多くは、別に私の小説にめぐり会わなくても、再生の時に向かっていたのだ、と私は思う。

 私は、自分の存在に意義を認めすぎるのも嫌なのである。戦後、実に多くの素人が、自分の好きなコーヒーをさらに研究して喫茶店を開いたが、自分がいれたいっぱいのコーヒーで死のうとさえ思っていた人が、何人も気をとりなおして生きた、という形で人を救ったと考えるのも少し困る。人はコーヒーや小説くらいで死から生に向かうのではない。生きる意欲は元々内臓されているのだ。だれもがその内なる力の存在を信じた方がいい。「人は怖くて嘘をつく」


 2019_12_24




「自分は不要」と思うと人は落ち込む

 元気な老人から元気を奪いたかったら、何もさせないことだ。人は他人のために役に立っていると思えば、年齢に関係なく元気なのである。自分は不要と思うとその日から人は落ち込む。
 そのために「老後は遊んで暮らす」というのは間違った思想であることを、認識させなければならないだろう。

 ・・老人悔悟の一部を、老人同士で担うという工夫がもっとあってもいいだろう。
 一人暮らしは誰にとってもいいものではないが、ことに高齢者にとっては辛いものだし、精神的加齢が進む原因になる。

・・しかしだからといって、医療機関が高齢者に「占領」されて、機能の一部をさまたげられていいというものでもない。
 話し相手さえあれば、孤独はかなり和らげられる。そして生きる楽しさも増すということは、私達がよく実感するところだ。
話し相手なら、双方で気が合えばそれでいいのだ。・・二人でお茶を飲むだけでも世の中はずいぶん楽しくなる。

この頃、平等を誇張するために考えられない不公平がある。それはその道のプロであるか、アマチュアのままなのか、ということだ。
プロなら、高い報酬を出して当然だ。しかし40歳を過ぎまで働いて、「この分野なら、私はかなり知っています」という専門職のない人は、私は怠け者だ、という気がしている。

 昔、私の知人が首尾よく希望の銀行へ就職したその時私は「おめでとう。せっかく銀行にお勤めできたんなら、金融詐欺ができるくらい、よく勉強しなさい」とはなはだふまじめな贐の言葉を口にした。

私とすれば、金融詐欺をできるくらい業務を知っていれば、その知識を銀行業務の安全を守るために使える、という意味だったのである。「人生の退き際」


 2019_12_23





 ・・只、雄一には、家族を喜ばせるとか、楽しませるとかいう気分が、皆無なのであった。それどころか、理由はないのだが、彼は、女房子供の喜ぶことをしたら、損になるか、自分の威厳が損なわれるとでも考えているらしかった。

結果的に見ると、彼はつねに、人並な生活を、妻子に許すのである。しかしそれは、他人の眼に対しいして、あまり大祭の悪いことをしたくないためで、それについて家族が幸福を感じているようであってはならないと思っているようであった。

酒を飲むと、雄一のこの性癖は拡大された。
彼は春子の器量がよくないと言ったり、彦太郎はどうせ大したものにならないと言ったりした。
「でも、この年で、もう自動車を全部正確に見わけられる子なんか少ないわよ」 春子は時々本気で、夫の態度に抗議することもあった。
「自動車くらい見分けられて、何の職業に就けるというのかね」

そう言われると春子は詰まったが、この人は何と言う、幸福と縁のない男だろう、と思った。
多少、親バカであろうとも、子供には「彦太は偉いねえ」と褒めてやり、女房には「おい、うちの彦太は将来、大物になるかも知れんぞ」と嘘に決まっている夢を二人だけでこっそりつないだって、少しも悪いことではないはずだ。「夫婦の情景」

 2019_12_22




 昔、引退したらゆっくり遊んで暮らすのがいい、と言われた時代があったけれど、私の実感ではとんでもない話だ。

「お客さま扱い」が基本の老人ホームの生活、病院の入院、すべて高齢者を急速に認知症にさせる要素だと私は思っている。
要は自分で自立した生活をできるだけ続けることが、人間の暮らしの基本であり、健康法なのだ。

・・しかし「知らない」と気楽に言えるためにはひとつの条件が要るらしい。それは一つだけ何かの専門家、玄人になることだ。そうすれば他のことは知らなくていいのだ。その一つの分野は学問的なものでなくてもいい。料理でも、畑仕事でも、登山でも、木工でも、一つだけ他人よりはほんの少し深く究めた自分の世界を確立した人は、「私はそっちの方は全然無知なんです。ごめんなさい」と素直に言ってそれで世間も通る。

他人にどう思われても、自分の実像は変わらない。つま先立ちしたり、厚塗りの化粧をしたりしても、素顔は素顔なのだという現実を自覚すれば楽に生きられることが多い。「自分の財産」

なぜか人を押しのけて先に出たがる人たち

 どうも世の中には、自分から人を押しのけて、先に出たがる人が実に多いらしい。

ほんとうは自分が上座にすわるべき人物かどうかもわからない。
上座にすわるべき時は自分が決めるのではなく、招いた人が薦めてそうさせた時のみだという点がわかっていない。
・・どちらがいいと優劣をきめようというのではない。ただ自分の資質に合った走り方をしないと不幸になる、ということだ。

・・人間の生き方には、配慮と計画がいる。それができることが健康のバロメーターといえるのだろう。

 2019_12_21




 第一志望の会社に就職できなかったという人に会った時、「その会社にはすごく嫌なやつがいて、入らなかったほうがよかったのよ」と言いました。「自分の良さをわかってくれない会社なんて入らなくてよかった」でもいいのですが、私はその会社に入っていたら将来、何か自分に悪いことがあるのだろうという気がする。そして受かった第二志望の会社に、自分がやるべき任務があったんだ、と受け取るのです。

 これは負け犬の論理かもしれませんが、人間の勝ち負けというのは、そんなに単純なものではありません。

私達が体験する人生は、何が勝ちで何が負けなのか、その時にはわからないことだらけです。
・・私はうまくいかないときはいつも神様が「お前は別の道を行きなさい」という指示があったと思うんですね。
だから運が悪い場合そこでぐずぐず悩むのではなくて、運命をやんわり受け入れられる心理でいたい。

そして次の運命に協力的になる。自分で望んだわけではないけれど、それによって神様は私に何をご期待ですか?と考えるわけですね。そうすると、たいてい運命は開けてくるものです。

 事実、最善ではなく次善で、うまくいった人はたくさんいます。

「ほんとうは三井物産か三菱商事に行きたかったけれど、競争が激しくて、入れんかった。それで地方の小さな会社に入社したら、大学を出ている社員も少ないし、あんまり頭の切れる同僚もいなくて、きがついたら社長になっとったわ」というような人は、実に多い。 「俺は、こんな会社じゃなくてもっと一流の会社に行きたかったんだ」と嘆くんではなく「拾っていただいてありがとうございました」という謙虚な気持ちで、一所懸命そこで働く。そうすると、結構うまくいくことが多いですね。


 2019_12_20




追い求めたら逃げる、という皮肉
 ・・「老人は世間に優しさを求めている」というような使い方をしていた。

 しかし考えてみると、優しさも又、要求したら得られないものの典型である。「あの人に愛してほしい」という求愛の感情といっしょで「私を愛して下さい」と要求したらまず相手はうんざりして逃げ出す。

 世の中には、追い求めたら逃げて行き、求めない時だけ与えられるという皮肉なものが、意外と多い。

優しさもまた同じだ。優しくしてほしかったら、自分が優しくする他はない。
あるいは、周囲の状況や他人の優しさに敏感に気付き、感謝のできる人間になる他はない。 「人生の醍醐味」

「大切なことからやりなさい」
結婚して間もなく、私は夫に、その日のうちに完全に夕飯の後片付けをしなくてもいい、その代わり本を読みなさい、と言われた。

大切なものを優先しないで、後回しにしていると、人間はその結果、「疲れてやらないことになるから、大切なことからやりなさい」というわけだ。幸いなことに茶碗やお皿は、翌朝まで水につけておいても融けることはないから、朝元気なうちに一気に片付ければいい、ということなのだろう。「人間にとって病とは何か」

 2019_12_18




「安心しない」毎日を過ごす
 私の周囲を見回して気付くのは、「安心しない」毎日を過ごすことが、一番認知症を防ぐのに有効そうに見える。

誰もご飯を作ってくれない。誰も老後の経済を心配してくれない。誰も毎朝服を着替えさせてくれない。誰も病気の治療を考えてくれない、という状況がぼけを防ぎそうだ。

 要するに生活をやめないことなのである。

 日本には今、幸せな老人がおおすぎる。何とか飢え死にはしない。行路病者などという言い方が昔はあったが、いわゆる生き倒れとして道端で死ぬこともない。楽しく遊んでいても、もう年だからというので、誰も文句は言われない。しかしそういう恵まれた年寄りの方がどうもぼける率が高い。と、私と気の合う仲間たちはひそかに思っているのである。「人間の愚かさについて」

基本的には自分のことは自分でやる。何事も自力で解決をはかる、という決意が人間には必要だと思います。
・・

 2019_12_17




もちろん夫は生活に不満がないわけではないだろう。私が時々夫を起こるからだ。

秘書を呼びつけて紙屑籠の中身を捨ててくれ、というようなことを行ったりすると、私は厳密にそれを制止した。
もちろん優しい秘書は、そんなことくらいいつもやってくれる。しかし、一応の職種上のけじめは守らねばならない。

その手の汚い仕事は私がやれるのだ。誰でも近くにいる人を野放図に使えばいいということはない。

・・誰か一人くらいは私に「もっと優しくしなさい」というような悔悟を促す投書を賜る方もあるかもしれない。しかしそういう手紙の書き手は、多分自分が責任を持って、誰かの介護などしていない人だろう。口を出すのは、決まって何もしていない「外の人」なのだと最近の世間は知っている。

私は一人っ子なので体験はないのだが、老父母を引き取って見ている人の体験によると、たまに見舞いにやって来て親の扱いをあれこれ文句を言うのは、決まって親の世話を引き受けていないしまい兄弟の誰かなのだという。「夫の後始末」


 2019_12_16



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歴24年,個人エステサロン

日常の喧騒からはなれた 美的体験で 心の癒しと解放感を。 Lotusでは、いつ帰ってもいいような あたたか味とゆとりのある 居心地のよさを 皆様に提供させて頂くことを 目指しています。 皆さまにとってLotusが、癒されて元気になれるパワースポットのような場所になれれば幸いです。

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老舗店をめざして精進してゆきますので、今後もご贔屓どうぞよろしくお願い申し上げます(^^)ご新規、一見さんも歓迎です☆ なお、記事は全てセラピストの妹の日記です。セラピストは別の人で、記事は書いておりません。元気でいつもお店にいますのでご心配なく!

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