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date :2017年09月

言の葉占い より

あなたはやや無愛想であり、他人に対しては無関心であるかのように捉えられるようです。冷静で落ち着いており、笑顔を見せることも少なく、決めたことに関して頑固でもあるので、近付き難い印象を持たれることもあります。何事も自分が興味があることにのみ接することを好み、それ以外のことには関わりたくないと、と思っているようです。興味関心があることについては、妥協無く追求し高い専門性を持ち、レベルの高いスキルを持っていることも少なくありません。またそのことで他人とぶつかることも、少なくないように見受けられます。普段の対人感覚も基本的に同じで限られた人とだけ親しくすることが多いのですが、職場や家庭などでは意外と細やかに気を使える所があり、言葉にせずとも行動で表現できる誠実さを、持ち合わせているでしょう。あなたは勝手な振る舞いをするぶん、できる範囲では波風立てぬよう、きちんとしておこうと考えるバランス感覚があるようです。 https://contents.nifty.com/member/service/g-way/kotonoha/nifty-gate/kotonoha/602.htmlより、例文を紹介しました。生年月日とひらがなで名前をいれると、あなた版がよめます。ぜひどうぞ☆
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 誰にも死ぬという任務がある 曽野綾子




心の穴を埋めること。立派な人間となって死ぬために

 人間には性格として、絶えず生の希望に燃え続けられる人と、ほっておけば死に視線が向く人とに分かれるように思うけれど、それは先天的な資質であって、変えようもないし、どちらがいいとか優秀とかの問題でもない。
 人はすべて自分に与えられたものだけを使い切って死ぬのが一番見事なのである。

・・しかし私の実感では、料理ほど、人間の全神経を使う(精神を鍛える)ものはないのである。自分の好みのものを食べたいという欲求。材料を買いに行くことで世間に触れ物価を常に知っているという状態。作ったら人に食べてもらうという与える姿勢。それらはどれも大したことではないのだが、普通に働いている人間が、大脳の機能のすべてを均等に動員して果たしている作業のような気がしてならないのである。

かならず柔らかな明日はくる



大人は、自分の道楽と酔狂で生きるべきなのだ。もちろんことの責任は、当人がすべて引き受けねばならない。しかし道楽と酔狂でする気にならないのなら、どんなことでもするのは止めたほうがいいのである。

本物の生き方
修道女は外国人でありながら一生日本にいらっしゃるってこと、お家にもお帰りにならない。お父さんもお母さんも、友達も故郷も捨てて、ここにいて私達のために教育をして下さるんだっていうこと。捨て身、ですね。私の考え方の基本になったのはこのことです。大抵の仕事は一生かけなければだめなんだと思うようになりました。

言の葉占い より

あなたは独自の世界観が強く自分の愛好する世界にとことん耽溺する方で、そこに浸っている時間が幸せで他人なんかに一切邪魔されたくなんかない、などと思っておられるようです。あなたの『好き』は生活スタイル全般に影響し、好きなミュージシャンやモデル、作家などのスタイルを、そのまんま真似してしまうことも少なくないようです。かといって、全く他人との交渉を望まないわけではなく、最低限のおつきあいは出来る方で、かえって同好の氏であるならば親しくつきあうことも出来るようです。『好き』は全てに優先し、一般的に人が好むもの、例えば恋愛やグルメなどはあまり興味がないように感じられます。ですが、あなたの『好き』はあくまでも趣味の範囲であって、意外にも人生計画や目標は地味で堅実なものが多い様に見受けられます。趣味は趣味、人生は人生……といった感じでしょうか。よって、趣味はともかく、周囲に与える性格的な印象は比較的穏やかなものであるようです。

https://contents.nifty.com/member/service/g-way/kotonoha/nifty-gate/kotonoha/608.html より、無料鑑定部分の、例文を紹介しました。生年月日と、ひらがなの名前をいれると、その時々の貴女版がよめます。ぜひどうぞ☆

必ず柔らかな明日は来る



どんな学校に入っても、いい学校にはいれたね、と親はいうべきだと思うのです。それは子供の学校に対する、あるいは教育全体に対する尊敬の念ですよね。あんたの入った学校なんてろくでもない学校だというのは、もし本当に教育を考える人だったら、あり得ないことだろうと思う。

だんだん世間はぜいたくになり、30人学級がいい、20人でも多すぎる、10人でもだめ、ということになって、今に一対一、生徒一人に先生が一人でなければ、ほんとうの教育は不可能だと言いだすかもしれない、

私はそれよりも、先生も友達も、ほんとうに自分を理解してくれるなどということは、人間的にも物理的にも不可能なことだ、と思いあきらめ、自分で自分を保ち、自分で自分を教育する癖と強さをつけた方がいい、と思う。

教育は「幼い時」と「新しくあることを始める時」には往々にして強制の形を取るのである。それは長じた時と同じだ。 哀しさ 優しさ 香しさ より

戒老碌 曽野綾子


こどもが心配をかけなくても気を弛めないこと。子供が心配をかけたら、感謝すること。

 ・・・私はそのような態度を見習わなければと、なんど思ったかしれない。運転手や看護婦をつけることではない、自分が老人のそばにいるということについてである。

 しかし、その家の老婦人を見ていると、なんだか弱弱しかった。遠くから見ていると、彼女はただ生きている、というだけで、まだそんな年でもないのに、生きていることのたくましさを感じさせるものは何もなかった。

こういうしあわせな老年、のケースはごく少ないから、「無刺激がもたらす不健康さ」などについて心配する必要はないのかもしれない。逆に不幸な老年なら、例を探すのに事欠かない。 

50何歳になる息子が病気やけがで寝たきりになっているので、いつ果てるともない看病にうちこんでいる老母。
いい年の子供が刑務所を出たり入ったりしているせいで、そのことから心を離すことのできない老母。

 どれをとってみても、いたいたしいほど、老いの肩に、子供の重さがくい込んでいる。
しかしそのような苦しみが、ときとして、その老女の心を支えるのである。 
 
 自分が心配をかけない子供であることを最上のことだ、と思いあがってはいけない。
また、親の方も手のかからない、独立心の強い子を手放しで喜んではいけない。
まるで交通安全標語じみるが「その気の緩みが老いをまねく」のである。

 もし心配をかける子供をもったら、その子がせめてもの親孝行と思って、親不幸をしているのだと思いたい。「死ぬに死ねない」という思いを与えてくれるのは、心配をかけない子ではなくて、できの悪い子なのである。

立ち止まる才能 曽野綾子

立ち止まる才能 曽野綾子

土砂降りの雨は激しく庭まで流れこんできていた。
表通りの方が高いので濁流はすべて修道院の庭を襲う。

すでに庭一面に2,30センチくらいしか余裕がない点まで上がってきている。

もちろん子供たちは何も知らず、床の上に輪になってすわり、お弁当屋が昼ご飯を届けに来るのをじっと待っていた。

配達はこの豪雨のために到着が10分、15分と遅れた。
眠くなって、一隅に敷いてあるうすべりの上にひっくりかえって眠ってしまっている子も2,3人いる。
それでも残りの子供たちは立ちあがって駆け回ることもしなければ、じれて泣いたり騒いだりすることもない。

 この迫ってくる濁水の中で子供たちは、無言で静かに空腹に堪えることを知っていた。

このみごとさはいったい何なのだろう、と私は考えている。・・しかし少なくとも現在、子供たちは日本人にない静寂の中に身を置いて、時間を待つことができる。

戒老碌 曽野綾子


「あの方は子供をなくしたあと、よく陶器なんかに興味の対象をすり替られたと思うの」

このような反応を示した夫人は、人間的、ということを、あまりよく理解していないのではないかと思われる。

子供を陶器にすり換えたのではない。生きている子供を、土のかけらに置き換えられるものではない。
ただ、子供を育てることだけが人間の生きる道ではなく、そうでないさまざまなものへの雑多な愛もまた、人間を支えるのである。

若い時代にあまり遊ばなかった人の中には、遊びを罪悪と心得ている人もいるが、むしろ、こうした遊びの方法(ゴルフ、碁、将棋、パチンコ、トランプ、ダンスなど)を意識的に覚える必要があり、一方、一人で学んだり読んだりすることを知らなかった人は、老後の大切な時間の使い方として、読書と思索に慣れたほうがいいと思う。

そのほかのあらゆるアマチュアとしての学問や知識や技術はどんなものであれ、すべて老後を楽しく変化に満ちて生きるために役に立つ。孤独から免れる方法もまた、自らの努力なしには解決しないのである。

立ち止まる才能 曽野綾子

立ち止まる才能 曽野綾子

・・同じような形で、連載中の作品を中断したことはほかに何度もある。

一番最近では、・・再び第一回目から、この差別語の規制を強いられて私は意欲を失った。

そんな節約を受け入れて書いても決して長続きしないだろう。連載は一回目が印刷されないうちから中断された。
だからこの作品はまだ一行も日の目をみていない。

・・この差別規制の場合も、私はひっそりとやめた。・・私もご都合主義なのである。

これでもし、私が食べつに事欠いていたら、相手の言うなりになって連載を続けただろうと思う。

・・しかし私は幸い貯金もあったり着道楽でもなく、お酒も飲まなかった。食べ物はニンジンや大根の尻尾も棄てないほど始末して暮らすのが、一種の道楽なのである。

だからと言って威張るのではない。自由に書けないなら、かかなくてもいい。ただそれだけのことだ。

それというのも、一人の作家が連載をしないくらい誰の迷惑にもならないからである。・・一人やめたって書きたい人も書ける人も、その何十倍もいる。

戒老碌 曽野綾子



皮肉なことに、老いてなお、子供が独立していなかったり、金銭の苦労があったりする人は、その淋しさという苦しみを免除されている。淋しさは一応、恵まれた老人に課された、独特の税金だといってもいいかもしれない。

 他人に話し相手をしてもらい、どこかへ連れて行ってもらうことによってそれを解決しようとする人がいる。
しかしそれは、根本的には何ら解決にならない。

毎日遊びに連れていき、常に話し相手をしてくれるおもり役を備えておくことは、この時代には特殊な能力のある家庭でないかぎり、不可能だからである。

 どんな老人でも、目標を決めねばならない。生きる楽しみは、自分が発見するほかはない。

生活の淋しさは、誰にも救えない。自分で解決しようとするときに、手助けをしてくれる人はあろうが、根本はあくまで自分で自分を救済するほかはない。

歴24年,個人エステサロン

日常の喧騒からはなれた 美的体験で 心の癒しと解放感を。 Lotusでは、いつ帰ってもいいような あたたか味とゆとりのある 居心地のよさを 皆様に提供させて頂くことを 目指しています。 皆さまにとってLotusが、癒されて元気になれるパワースポットのような場所になれれば幸いです。

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