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date :2010年08月

ゴーヤとキューリ

たぶん4月ごろからだったと思うのですが、家の人事異動?のような大々的な配置換え、そして20年間さわっていない高い場所にある押入れなどの大掃除をしました。

アウトラインを説明しますと。まず、縁側はしにある父のパソコンをどけて、台所と応接間と廊下にはさまれた通称「暗い部屋」(2畳間)にある箪笥を、そこにもってくる。

そしてさらに「暗い部屋」のたな、あけたことのない押入れ上部の、大掃除をして、暗い部屋を空白の部屋にする。

次に、いまや父の個室となっている応接間にある、ピアノを空白の暗い部屋にもってきて、使いようのなかったこれをピアノ部屋として機能させる。

そして、応接間のピアノのあった場所に飾り棚を移動させ、飾り棚のあった場所には縁側の端においてあった父のパソコンをもってくる。

こうすることで、応接間に冷暖房設備をつけっぱなしにしつつ、さらに冷暖房を一日中つけっぱなしにして縁側のパソコンにかじりつくという父の愚行をやめさせて電気代の節約をすることができる。縁側からのたばこの煙が母の寝室に流れていくこともなくなる。私も父を気にせずピアノの練習ができる。ピアノにしたって、応接間の父の煙草のヤニの脅威から避難できて、ちょうどいいだろう。

わたしは、「ここに何がはいっているのかわからない」という管理できていない状況が気持ち悪くてヤだ。

押入れの扉の上のデッドスペースには、家庭によってあったりなかったりしますが小さな押入れがあります。うちには暗い部屋のおしいれにかぎって、その上の小さな押入れが存在します。天袋という名前らしいですが。

母はそこは20年もあけていないというし、私も生まれてこのかた開けたことがない。一体なにがはいっているのかどうなってるのか見当がつかない。きっとおそろしい事態が展開しているにちがいない。

今までもずっと、気になってはいたのですがなんせ恐ろしすぎて面倒くさすぎて掃除を実行することができなかった。これは身近につねにある、恐怖の開かずの扉だったわけです。

で、4月のある日、唐突に。・・・しかたない、もう今日やろう!と勇気をふりしぼって私は、マスクと手袋をしてここにはいっているものをすべて引きずり下ろし、いらないものを一切合財捨てて、客用座布団を日向にほして乾燥させ。押入れにのぼって水ぶきをしたのでした。

この開かずのトビラの奥がどういうふうになっていたか、というと。

なぜか砂、が多かった。そしていまでもなく・・・筆舌につくせないコワイ状態になっていた。というわけで詳しくは言えません。縁起がわるい。そりゃこんな空間が家にあったらどこかが具合悪くなっても納得だわ。

怖いところはまだある。暗い部屋にある、天井から1メートルほど下の位置に奥行き50㎝ほどの板をわたしてつくってある物置棚の上、その棚の下においてある不気味な桐ダンスの不明な中身、そして棚と桐ダンスの間、わけのわからないものがつめこまれたスペースという目をそむけたいミステリー。

引き出物にもらった皿やカップ、タオル、シーツ、鍋などが、箱に入った状態で埃とともにつみあげてあるが、これも一体何年前からこういう状態のままでさわってないだろう?

案の定おそろしいことになっていた。・・・なにかの小動物のフン、ちりやほこり、虫の死骸にまみれた永遠に着ることなどなさそうな穴のあいた着物や人形、足袋、草履。ETC。直視しないように気をつけながら母に確認を取りながら、次々とゴミ袋にほうりこみ、いるものは水ぶきをしてからすべて押入れに移動、整理して収納しました。


つぎに私は父の個室である応接間にも参入し、つかわなさそうなきたなくて気持のわるいものをひきずりだして、ともかく全部すてました。父には確認とらずです。いままでそれがいいと判断してずっとゴミと共存してきた人に、いるものといらないものの判断をあおいでいたら埒があかないので、父のいないうちに勝手にやりました。

ついでに応接間をさらに父の個室化とするために、応接間のおしいれに突っ張り棒を2本わたして、押入れ下段にはクリアケースを入れて、いままでは母のたんすにいっしょくたに入っていたり廊下や暗い部屋に無造作に吊られていた父の洋服や下着を全部移動させました。入りきらない分は、縁側に移動させた箪笥にいれました。

傍観していた母がそのうち乗り気になってきて、いつのまにか私よりも情熱的に片づけ&掃除に参入、捨てまくりと掃除しまくりがとまらなくなってしまったようす。嫁入りのときにもってきたすでに引き出しがとれてつかっていないドレッサーを捨てるから手伝えという。

日頃は人一倍近所迷惑や体面をきにする人で、夜中おそくに部屋に電気がついていたり遅くに帰ってくるのをいやがる人だったのに。なんと夜中の12時30分になっていきなり窓を全開にしたまま掃除機をかけはじめる始末。わたしのほうがあわてて窓をしめて母をたしなめたくらいです。

あとは後日、トイレをきれいにしてトイレカバーをおしゃれなのにかえた。再びのミステリーである「座敷の小さな押入れ」「母の寝室の押し入れの上のスペース」を掃除して、いらないものを処分し、父の個室から母のアルバムを掃除した座敷の押し入れに移動させてきた。また、母の寝室の押し入れの奥に置き去りにされている意味不明の小さなダンボール箱を引っ張り出して、シロアリに食われまくってボロボロのそれをすてて、きれいに掃除しシロアリ除去スプレーでディフェンスをはった。母の部屋のドレッサーを捨てて、私の部屋のベッドをあげた。

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そんなこんなの大がかりな一切合財をやりだしたきっかけってのは別になくて、あるとしたら、ずっと気になっていたことが、ある日飽和点にたっして爆発、といったところだろうか。

あんたはいつも突然何しだすかわからん。めちゃくちゃやりよる。と笑われている。けど、事件屋なだけでなく結構役に立つことも多いです笑 それに、突発的といわれがちな行動にしたって、いつも理由と経緯がちゃんとある。周りが気づかないだけなのだ。

ここ数年の私は、なにかのやりだしっぺやものごと打開のきっかけづくり、方向転換のキーパーソンになることが多くて、ある日私が猛烈にやりはじめたことに、みんなが触発されてついてくることになる。こういう状況が結構楽しい。・・・大分スケールの小さなことだけど笑。

でも、けしかけておいて、実際によくやってくれている人は別のひとなことも多い。とくに母は通常の実務において実に気が利いて優秀な人で、会社でも家でも仕事をまかせておいて一番安心な人みたいだ。

姉を強引に堺へもっていったのもペリカン便をいいだしたのもわたしなわりに、実際に継続して住んでいるのは姉だし、ペリカン便の車をだすのはわたしだけど、普段の食事をまめにつくってくれているのは母。

まあそれぞれに個性と特技がちがうからいいとしようじゃないか。と皆で得心しあっているこのごろですが。

ともかく、ややこしいものがいっぱいのっていた暗い部屋の棚の上は、今はなにもおかずさっぱりとした状態にしてあります。

その下の桐ダンスは移動させて父の洋服ダンスになり、桐ダンスのあった場所にはピアノがきて、煮ても焼いても食えないと忌み嫌われていた「暗い部屋」も、いまや立派なピアノ部屋として快適に機能しています。

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そしてトイレはニッセンでカエルのかわいいのをかって6月になってからはそれに変えて、トイレにはいるたびに癒されてます。

父はどうかというと、もともとこだわってゴミと共存していたわけではないし、なんでも捨てずに置いておくわりにはつかうことがなく、しかもそれをどこにしまったか忘れてしまうような人なので、今回の大掃除で何が捨てられたか気づいていないし、何事もさほど気には留めていない様子。最初は少々とまどっていたもののそのうち慣れたようです。

あ、わすれてた。題名のゴーヤとキューリというのは、今年の夏に裏庭で猛威をふるっていた方々で、家の人事異動の興奮さめやらぬ今のうちに、と、つかっていない裏庭を畑にしようじゃないか無農薬野菜をつくろうつくろう、と、ことあるごとに母に耳打ちしてその気にさせてしまったのがそもそものきっかけです。

最初はほんとに小さな10センチもないほどの苗をかってきてタルに植えただけだったんです。
なのに、これがうそやろ?というほどびっくりするほど育ってしまって。

裏庭の物干しざおは彼らのからみつく蔦や葉っぱに占領されてついには猛々しいジャングルのようになってしまったのです。家の主であるはずの私たちが、ゴーヤたちに遠慮してあまり洗濯物を干せないという本末転倒的な事態に発展してしまったのです・汗

また、ゴーヤとキューリは栽培している家庭が多くて、うちで取れる分でもいっぱいなのに、知り合いがこれでもかというほど連日おすそわけをもってきてくれる。毎日毎日キューリ尽くしでキューリ地獄、さてキューリの山をどうやって消費しようか?ということで、キューリを煮物にしてしまったり、ゴーヤを冷凍庫にほうりこんで凍結させてしまったりという荒技も生み出す始末。

自分で育てていると情がわくのだろうか。母は律儀に栽培数をかぞえてメモをとっていたようです。

そして、人さまがくださった極太キューリや曲がった巨大キューリなどと見比べうちのキューリは品がある、などと言っていたものです。たるにうえてるから巨大化しないだけだと思うけどな。

結果的にキューリは48本、ゴーヤはたぶん20本を私たちに恵んでくれたのち、命つきたようです。今はもういません。二方ともすでに亡きがらとなってしまいました。・・・いつのまにかタルの土がビニールの上にあけられて干され、物干し竿にからんだツタもすべて取られ、タルも水洗いされてひっくり返して縁側におかれていたのです。私は、すごくさびしい気持ちになりました。

ありがとう、おいしかったよ。

また、来年もよろしくね。ご冥福をお祈りいたします。


P.S キューリとゴーヤのほかにも、母はいつのまにかオクラも栽培していたようで、3日おきくらいに、知らずにたべていた、添え物の巨大オクラは自家製だったのです。私は、キューリのタルのよこの小さな植木鉢は、花を植えてると思っていて、最後まで一切気づきませんでした。
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歴24年,個人エステサロン

日常の喧騒からはなれた 美的体験で 心の癒しと解放感を。 Lotusでは、いつ帰ってもいいような あたたか味とゆとりのある 居心地のよさを 皆様に提供させて頂くことを 目指しています。 皆さまにとってLotusが、癒されて元気になれるパワースポットのような場所になれれば幸いです。

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