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category :両親・友人知人へ

また排水溝掃除・相方ありがとう

ワンフロア(14室)を二人で2フロア、担当することになっている。駅前の便利のいいお手頃で新しいホテルなんで、だいたい満室なんで、仕事にあぶれることがなく、むしろいつもギリギリで必死で働いてる。

また、ワンフロア全部の排水溝掃除が、追加された。。

洗面台の下の壁にとってがついていて、それをひっぱると壁がはずれて排水溝が現れる。
壁をとったところのどろどろの床、排水溝のどろどろのあみと、その下に埋まってる一番ドロドロの筒をこすって洗わないといけない。私一人だといつもの2.5倍の労力と倍の時間になってしまうはず…。ローテーションを組んで計画的にするようにしてくれたらいいのに。

すると同僚の知くん(セットで働いてる仲良し)が、自分の仕事を置いといて、さきまわりして排水溝の下にうまってる筒を取り出してブラシで簡単にあらっておいてくれてるみたいで、ガサガサガタガタ音がしていないなと思ってたら、少し遅れて今私が取組中の部屋に戻ってきて自分の分をやってる。

で、次々とその後は二人で同時に同室に入って、やるべき順に部屋を順々に片付けていったんだけど、どの部屋にはいっても「筒」が洗面所に洗われて置いてある。いつのまに・・・?どこまでやってくれてるんだろう。

と不思議に不安に思いつつ、おかげで私は筒以外のものをブラシでこすり洗い、お湯のシャワーで洗い流してふきとってと、それだけで済んでいた。他の人はもっとしんどいはず。

これだけしてくれててもいつもの1,3倍の労力と時間がかかる!!一日二つを徐々に毎日する、とかにしてくれるんならいいけど、一日にいきなり14室分というのは負担が大きすぎるし無理があると思う!

結局。どこまで筒を洗った状態にするお手伝いをやってくれてる状態が続くんだろうかと思いながら進んでいったら、ワンフロア14室、ついに終わってしまった。ということは最初の10分弱くらいで、14室分の排水溝の筒を洗ってくれてたということなのか!

何するのも異常に素早いし大変気がきく人だと毎日感心感謝してます。そして驚愕の体力ですね。時間は同じくらいかかることをしてても、彼のほうが3倍くらい体力使う仕事を(他のホテルに比べて重たいベッドを動かしたり大きな布団を両手で上げ下げしてる)してるのに、排水溝の掃除までやってくれて。いつもの1.5倍速でとばしてくれてたんだね。おかげで本来2,5倍のしんどさが1,3倍で済みました(前回も同じ数値的な割合で言ってたな私)

もともと私の3倍の体力を使ってる上に私の仕事までやって、しかもバイト終わったら実家の仕事があって重い酒瓶や樽はこんだりしてる。朝も6時半から起きてひと働きしてから私を迎えに来てバイトに来てる。それでいてしんどいと言ったこともなく、いつも情緒が安定してにこにこしているし動じないので、たいへんな器の大きさと機転と思いやりをいつも感じます。そして年にそぐわない若さや超人的な体力をもっていて、自分に厳しく人には優しい、まあ一言でめったにない立派な人だといつも感心してますよ。うっかりしたとこないし余計なこと言わないし我慢強いし泣き言言わないし時間に遅れたこともない、車の運転も安全で道まちがえないし、何もかも尊敬して頭たれます。唯一あきれるのは、かばんがゴミ箱になってるところだけど、それもまあ可愛げみたいなもんやしね。ほんと偉いよ。世話になってます。今日もありがとう。

撤去された自転車を取りに行くためにその場所まで車でつれてくれたので、帰りはいつもの寄り道なしでものたりなかったので、夜お茶行ったね。わたしがおせっかいでつくった楽天銀行の設定をスマホでしたのだけれど、それはOKとして楽天カードとの連携をつけようとしたらなぜか失敗するし、楽天ポイントをエディに移し替えることが何でだかどうしてもできない。

メカ独特の、意味不明なエラー連発にたいして、ついに私も根を上げた「もうかかわりあいになりたくない。日が変わってしまう」

指示通りにしてるのに何も進捗しない不毛なスマホ設定への挑戦、やけになっていじってばかりしていたものの解決せず。
というようなことで1時間ほど一心不乱に集中して不毛な時間をすごしてしまった。

初回特典のキャッシュバックが欲しいため1000円以下なのに食事代をyahooカードで払って帰りました。
服の修繕をして、夜も遅くなったのでいそいで寝ます。ずっと行きそびれていた皮膚科へ朝一で行こう。

いろいろきっかけがあってやりだしてみると、自分はそんなにメカ音痴じゃないなと思えて、少し自信が持てるようになりました。
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日曜日・東大阪から食材の配達が来る日(長文)

毎週日曜日16時半~に、70過ぎの両親が、40過ぎの二人娘に、冷凍手作り食品をやまほど車に積んで、東大阪から一時間かけてやってくる。母は手料理、父は良い湧水のでる神社からもらってきた水をタンクに入れてわけてくれる。


食材の配達の人ら、とはなので、私の両親です。なぜそう素直に言わなかったのかというと、両親が生まれたときからいない人や、いなくなってしまった人、いても交渉がまったくなく他人のようで幸せでない親子、もたくさん知ってるから、私は決して無邪気に幸せ自慢話を披露したいわけじゃないという気持ちから。そしてその人たちに対して少々の引け目を感じるから。・・・

世間の多くの家庭の常識からしたら異常事態だというのもわかってる。親は子供を甘やかし過ぎで、娘たちも甘え過ぎだ、との声にならない世間の偏見が私の耳に入ってくる。

だけど。だれが世間が何と言おうと、うちの家庭に限っては、大事で自然なことなんだ、うちにはうちのやり方、うちにはうちの正しさがあると思うようになりました。60年の根性の入ったすっかり母と一体化した日々の料理づくりから離れることは、不可能なんじゃないか。料理が自分そのものになってしまっている、それでつい無意識に4人分つくってしまうのがやめれない、そういう結構パワフルな70の母がいて、それで娘への差し入れで冷凍庫がいっぱいになって(あるいは単にすっきりさせたくて)持ってくる。

40の独身の二人娘にずっと食事を作り続ける、これはおそらく離れてすんでる母から私たちへの母なりの、唯一の思い、絆、つながりになっているんですね。あるいは創作全般がすきな母の自己表現なんだと思う。

適当にめんどくさそうに作ったのと、時々「作品」と思えるようなものが混じってることもあり、たとえばチーズケーキ、ビーフシチュー、デミグラスハンバーグなど…うまくできた時には、私たち娘へ…感情表現が普通にあって素直で、料理の感想も言う、割と気があうわたしたちにこそ食べさせたかったんだろうと思う。

東大阪に両親、堺に子供たち。車で1時間かかる距離で、特別に約束をとりつけない限り会うこともなくなっていく、電話する習慣もないせいで暇があってもついかけようという風にならない。そしていつのまにか疎遠になって遠慮しておたがい寄りつけなってしまう流れって、親子だけじゃなく卒業や退職などで離れた時、皆がよく経験してることかと思う。だから、毎週ごはんの差し入れついでにお互い顔をみあわせて話をしていく、料理を食べさせる、それが母なりのこちらに放たれた、唯一のつながりや絆の共有なんだと思うのです。

つくってくれと頼んだことは一度もなかった。いろいろあって同じ年頃の子が当然していることをしてこれなかった、出来なかったことが多かった私は人並みに追いついて自立したくて、私の方ではおそらく10回ほどやんわり断っていた。だけれど、いつのまにか元に戻っていて、また持ってきてくれる日々はいつまでも続いた。姉だけが堺にいたことを含めると10年はつづいてると思う。


断っても断ってもやってくる、母の手料理を何度も拒否すること、このごろつらくなってきてもうできなくなった。
年頃の皆がやってることを私もできるようになりたくて反抗してたんだけどそれもあきらめて、てきぱきと食事をつくれるようになることをあきらめた。自然の円満ななりゆきには逆らわないほうがいい気がする。

実は私も実家暮らしが長く母の料理を手伝っていたからある程度できるんだけれど、わたしがやると考えすぎてとっても疲労するから、あまり向かないんじゃないかと悟ったのもある。料理は、おおらかで明るく元気な人が作るのがいい。
母の料理は、ダイナミックで生き生きとしていて見た目の彩りと味付けがとてもいい(わたしだけかも)。なにより気が良いと思う。

手作りの品々、栄養バランスよく、味もよく、旬のものがおしゃれに時々入っている創作の数々。

やりはじめたことを気分で中断することのない責任感の強い人だから、ノルマでもないのに一度も堺に来なかったことがないし、本日の料理が間に合わなかった時には、市販のを買ってでもメニューを完成させてもってくる。わたしらも大人だから買い出しいったりできるから大丈夫なのに必死だ。

姉は刺身がすきだから、ブロックのいいのを仕入れて、大根のけんを自分で磨って作って、大葉と共に3種類のさしみを盛り付けて持ってくる。サーモン、はまち、つぶ貝など。そこまで完璧じゃなくていいし、足りなくても気にしないで無理しないでね、自分でなんとかできるから。私らへの差し入れは、お母さんが気分転換になる程度にしといてや、と言ってるけど、なかなか強情でいつもきっちりしている。

今は仕事もあるし料理にかける時間とパワーがないので、結局とても助かっています。

ところで母の料理に、愛情や心がさほどこもってるとは実は私は思っていなくて、いそがしいから手抜きで味気ないメニューを適当に作ってることも多い、たとえば単なる焼き魚、なすのでんがく、なすのお浸し、白菜や小松菜の煮物、かき揚げ、イカのリング上げ、などテンションの低い料理が。

それでも最低ラインで出来あいで済ませるってことや粗雑になるってことがない。
愛情や気持ちとかをことさらこめて作ってるわけじゃなく、忙しいかたわらに、長年の習慣で適当に普通のを作ってる感じがするのだけれど、それだけに母の手料理には「お母さん」そのものが入っている、と私は感じる。

だから、それをつっぱねることが私も違うように感じられるようになったし、このごろ私も持病の気分障害がやってきて、昨年一生懸命やっていた、弁当作りが去年のお盆あたりから、力尽きてあまりできなくなったので、母からの食事の差し入れ今となっては大変助かってます。味付けがちょうどよくて、量も結構あってケチ臭くないのがいいね。焼きそばやチャーハン、炊き込みご飯、オムライス(これも冷凍)もうれしい差し入れです。

気分が載ってる日には、個人的に大好きで思い入れがあるのかと思える、凝った洋食がでてきてくることがある。
ソースにキノコ類とビーフシチューのもとを使ったデミグラスハンバーグやグラタン、角切りの良い牛肉を圧力鍋でやわらかくしてつくったビーフシチューやカレー。鯛ごぼう、にしんとじゃがいも、冬瓜、レンコンまんじゅう、味噌焚き、いかだいこん、ふき、ずいきやぜんまいの煮物 などレアな田舎料理も出てきます。

おでんや味噌だき、も時々でてくるけど、お母さん自身全然好きじゃなさそうなのに、とても手間がかかる料理だから、これを作ろうと思うのは、一体どんな気分の時なのか聞いてみたい。夏でも冬でも関係なく、ふた月に一度は出てくる。

やれる時までやるねん。と自分を鼓舞するように言っている。自分自身の健康と若さのバロメーターにもなってるのかもしれない。実際、料理はお母さんそのもので、機嫌がよくなると次から次へといろんなものが大放出されてテーブルはいっぱい、やる気がないと、単なる焼き魚と白菜や小松菜の煮物、酢の物、などつまらなそうにおとなしくなる。

誕生日にはショートケーキをつくり、クリスマスには骨付きチキンを二日つけこんだのをオーブンで焼いて、ポテトとミックスベジタブルで彩よくしたもの、新年には煮しめとお重の本格的なおせち、節分にはイワシの丸焼と干し株のみそしる、恵方まきを作る。

ひな祭りにはちらしずしとからあげ、はまぐりのおすいもの。五月には若竹に、夏にはうなぎ。
十五夜のときには丸いごまつきおにぎりをつみあげて、ふきと小芋とあげの煮物。すすきをかざったりもした。

季節ごとの本格料理を必ず作ることでけじめをつけたり自分に活をいれていたんだろうか?それをしないと自分でなくなってしまいそうな気がするから、やらずにはおられないんじゃないかなと私は推測している。
また、お母さんから、お母さんとあまりにも一体化している料理づくりを取り上げてしまったら、子供も手元におらず孫もいないのにうつ病になるんじゃないかと思うので、このごろは今までのまま、娘として親の好意に甘えていようと思う。

料理にはその時々の「お母さん」がそのまんま入っている。
私は親子の縁あって、夕食には私は、自立心の強いさっぱりした気性の、単純健康元気でせっかちなところのある、お母さんの料理とお母さんの気、を貰っている。

だからこんな私でも、健全な母の子ということで、最低限しらないうちに守られていたような気がします。

心身病気がちで特異体質で、精神も性格もアンバランスで不安定で、できのよくない私でしたが、ずっと人間の最低の義務として仕事をして自立してまっとうに生きることに対してなにより必死だった、どんな状態にあっても清く正しく懸命に何かに向き合いとりくむことをよしとするまっすぐな健全さを、姉や母や父の存在で、いままで守られてきたように、このごろ思うようになった。



今日は知くんのおかげで1.5倍働かされたで済んだ

今日はバイトで、排水溝の掃除を追加された。2フロアまかされているうちの1フロア全部。
ペアで働いている知くんが、先回りして、おそらく全室の、排水溝の下に埋まっている、筒をとりだして簡単にあらってくれていた。

おかげで、今日はいきなりいつもの2倍しんどいやん、無理があるわ・・とめげそうになっていたところ、難なくクリアすることができました。ただ主となる排水溝の網とか普段は見えない床のよごれとかを掻きだしたり、高圧シャワーでながして一生懸命こすったりふいたりと、いつもの倍は体力と時間使ったと思う、だからいくら知くんがいつもの1.5倍とばして私のサポートをしてくれても、いつもの2.5倍の仕事内容だったので、おわったのが4時半。いつもの1時間遅れ。

今日日曜日は家族と自分の家で面会してしゃべったりする日なのですが、強制ではないので、帰り道、知くんといつも寄り道してお茶して帰る時間をまったくなしで家に直帰することがあると、いつでもものたりなく淋しく感じる、でも両親たちは5時半あたりに来る予定、一週間ぶりだから会っておきたいとも思う。

6時前になりそうやけどそれでもよかったら。とメールして了解だったので、短い時間だったけど、いつもどおり、仕事帰りのほっとする充実したひと時を過ごすことができて、5時半に店をでて、私の家に送ってもらったのと同時に、家族も車でちょうど到着したところでした。車越しにお互いに挨拶をして、知くんは帰って行きました。

ベストタイミングで知くんとの仕事後のお茶の時間と、家族との一週間ぶりの面会の時間をとることができて、素晴らしいことに、どちらとも充実した時間なのでした。大変うまいこといった。神様ありがとうございました(涙)

70の母の、手作りの品々に関する記憶

昨日は来てくれて、差し入れ毎度ありがとう。サラダは毎度手作りだけど、時間なかったのか、あとふたつは珍しく市販のお惣菜だったね。きんぴらと酢豚。いつも家でつくってるものをわざわざ買ったの?どうせなら自分が作らないようなものにしたらよかったのに。セールしてたからか自分が食べたかったから買ったのかな?と思いながらいただきました。

しかし市販の酢豚は肉がすくない、きんぴらはちょと甘いね。そして豚肉が鶏胸肉みたいに思った。でも食べたい味だったからよかった。

思い出した。小さい頃は酢豚と八宝菜が苦手だったこと。たまねぎとピーマンとニンジン、しいたけ、たけのこ、全部風味と食感が厭だったのに加えて、にがてな気持ち悪い野菜と、ごりごりした筋のあるごつい豚肉、が全部甘酸っぱいべとべとでからまってるのがどうも受け付けなかった。

また、本格的な材料を使った本場仕様の八宝菜が出てきてきてたのも思い出した。いまならおしゃれとおもえる、マイナーな食材がぜいたくに全部はいっていた。ヤングコーン(すき)、うずらたまご、くらげ、ロールいかに切れ込みのはいったもの、えび、そして彩のさやえんどう。

味覚が単純だった子供のころはカレーやシチューやハンバーグが好きだった。そんなだから残念ながら当時は、全ての、稀なおしゃれな食材がどうも気色悪く、味わいがわからないので、おいしいと思えず若干憂鬱になっていた。

いまは感覚が変わって、全部あじわいがある、うまいと思えるようになって好きになった。

だから小さい頃好き嫌いが多いといってむりやり食べさすことは単に徒労だと思う。もっといえば罪だと思う。後に自然に食べれるようになるものすら、厭な思い出のせいで食べれなくなったりするから。

そんなことしなくてもある時、ふと、自発的に食べてみようかなと思う時が来たりする。あるいは人に勧められたり食べないといけないきっかけが出てきたりする。で、食べてみたらたべれなくなかった、案外いけた。そのうちおいしいに変わった。

というような、ある日の自分の中のきまぐれがきっかけで、私は嫌いなものがいつのまにか減っていって、だれにも強制されなかったけどいつのまにか食べれないものがほとんどなくなっている。

チーズも気色悪い、なっとうはもっと気持ち悪くて食べる人の気がしれない、あずきもかぼちゃは、えずいてもどしそうになるくらい受けつけなかったはずだった。なのに、ある時食べてみようと思ったのがきっかけで、以前の不快感がなく不思議と食べることができて、好きに変わった。

嫌いなものは?の会話で、わたしは生卵は一生無理と思う。うに、いくら、かにみそなど珍味や内臓系統はやや苦手、ならづけとピータンだけはたべれない。と言うと笑われる。ピータンなんか出てこないし、そんな贅沢品食べなくていいからって。

ところで今も八宝菜はよく出てくるし私もよく作ったけれど、年月の洗礼をうけていつのまにか手抜き料理の一種に変質してしまった。使い回しのきかない食材をいちいち投入することなどなくなった。食材は全部メジャーなもので代用するようになっていってとろみだけつけて八宝菜にみせかけている別の料理のような気がする。当時は珍しい料理だったのに今では原型が崩壊し、食材をはけてしまうために作る家のカレーとおなじくらいに位落ちして、八宝菜風なのを、八宝菜と言い通している(笑)

今の適当八宝菜風、の材料はどんなかというと、

きゃべつ、にんじん、しめじ、豚肉薄切り、が最低限の食材で、たけのこ、えび、いかの輪切りが入るともう完璧。もやしが入ることもある。

しめじがなければ他のキノコ類で、(しいたけは高い)きゃべつは白菜で代用する。タケノコがないときはそのまま、なしで出てくる。

味付けはコンソメか中華味、ごま油と山椒で風味付け、かたくりこでとろみをつける。
気が向いたら、さやえんどうの代わりにグリンピースを散らして彩りをつける。

うずらたまごとヤングコーンなんか一生でてこない気がする・・

そして当時は、餃子や八宝菜など中華料理は、丸い大皿に盛りつけてたものを、レンゲで各自小皿に取り分けるようになっていた。今も母の料理には彩りよくすることにこだわりを感じるけれど、昔はもっとそれが筋金入りで、見た目と食材と演出にまで凝りが入っていた。

母は幼いころから70歳の今まで一時も絶え間なく食事係だったから、自分の作る料理に無頓着で、だから立派なものをつくってもめったに写真なんかとらないし、作った洋服もかばんも大概捨ててしまって写真もほとんど残ってない。でも私は結構覚えている。あれらはこの世から消えてしまってもういくら探しても見つからない。私の記憶から消えてしまった時には本当に消えてしまう。

だから、私の記憶がたしかな限り、それに関する思い出を、つづっていきたいと今日は思いました。おやすみなさい(昨日2:23作)

美容室にいったので今日あすは髪のための休日


今日あす休みなのを利用して、昨日の仕事帰りに縮毛矯正うけに行きました。痛まない改善させる効果があるとかで値段もお手頃で良さそうだったからそこにした。
 
色々あって美容室にいくのがいやで三年半も行っておらず、そのままでいけるならずっと行かずに済ませるつもりだったのですが、ここ2年ほどで髪質がどーしようもなく奇妙にけったいなものに変質して…縮れとうねりで艶が全くなく、スタイリングが困難から無理になってきてしまった。で、ついに意をけっして重い腰をあげたのでした。
 
なにかの突然変異で毛根がひょうたん形になったとしか思えないような、ボコボコした形の髪に変わってしまっていたから、うねりはとれても限度があるかもしれないと半分あきらめてた。前も失敗されたし。
 
でも、今のままで耐えるよりは、良くなる可能性にトライしよう、失敗してもいいや。
 
と思って行ったら予想外にまっすぐになってでつやも出た、それはうれしかった。でも予想外に短くカットされた、五センチきっていいかというからうんていうたのに10センチは切られてる。あやうくセミロングになるとこだった。しかもカットがあんまりうまくない…なんといっていいのかわからないけど…
 
でもこの人に対して、どういって思う形にしてもらえるか。伝わらなさそうだしできなさそうに思えたので、成功はしたというのに、勝手に思ったより短くされたから喜べなくて、微妙に引きつった顔でありがとうございますと言い,職場の仲良しに迎えにきてもらって帰りました。
 
彼には送り迎えの代わりに弁当をわけているのですが、時間が遅くなったので弁当が作れず、そういう日に限って人手不足で超残業だったそうで可哀想に…,自分はそんな日に限って休んでTV番組を消化し携帯をいじってアイスを食べてそうめんたべて昼寝したりしてた今日、ずる休みしたんじゃないのになんだか何重にも申し訳なかったです…。
 
しかもTVの録画消化は思ったほど面白くなくはかどらないし。そして極めつけなことに、あした私も彼も休みだから必要ないのに弁当を作ってしまい、情けなくなった。こんな効率のわるいまぬけな休日すごすんなら働けばよかった。
もっとしっかりしなければと思うけど、気づいたらもうやってしまってる,忘れ物や無意識の紛失やうっかり抜け、など多い…
 
幸いなことに、あす家族に会うことになっていて、もとより弁当のひとつは両親が必要なら差し入れとして、と思って作ってたのもあって,
 
お母さんにお弁当もって帰ってもらうね。意外にも喜んでもらえて雨降って地かたまるで前よりまた仲良くやっていけそうになってよかった。縁があるんやね。また会えるの楽しみにしています
 

父よ母よ、私は元気です(長文)

姉ちゃんのとこに来たお母さんからのメール、私も読ませてもらったよ。(いい意味で)今までと様子の違うお母さんと、向き合う決心がつかなくて、昨日でんわくれてたけど返せませんでした。心身の病状は安定して、多少の不具合はあきらめる方向に気持ちも固まっていて、仕事にもいってるから安心してね。

毎度一週間ぶり、会って顔見て話をするとなると、いっしょうけんめ表面的な話がたくさんありすぎて、いつもせわしなく別れてまた来週、となるね。顔見て話するとよくわかるっていうけど、あるいは逆かもしれないと私は思っています。顔見て話をするかぎり、お母さんの中では私たちは小さいときの印象が強く、いつまでも子供のままでしょう?元気そうだと元気だと思い、何も言わないと何も思ってないと思うでしょう。

ほんとうの私を知ってもらうためにしばらく顔を見せず声で話さないでいることにしました。ブログや手紙を読んでもらうという形で、私の本質や真実、今現在の生活や心身の状態、思ったり感じたりしていることなど書くことにしますのでよろしくね。

顔見て話をすると、その人の発散する雰囲気としゃべり方とかの「見た目」にごまかされてなんとなく大丈夫と思い本当のことがいつまでも明かされないわからない、っていうのが真実と思う。だから30年以上ずっと一緒にくらしよく話もし一緒に働きもしたのに、それでもお母さんはわたしのこと全然知らなかったんじゃないかな。あるいはもうお母さんにとって私は理解を越しているし手に負えないから、そのうちなんとかなると楽観的に丸めて考えないようにし放置、仕事しご飯作り、自分のことに没頭することで、わたしを見ないように考えないようにしてるんじゃないかと私は思ってた。ずっと昔から見て見ぬ振りされてとうに捨てられた、見てもらえなかったし育ててもらえなかったと悲しく思ってた。

でもそれもしかたないといえば仕方ないね・・・。だれかほかの人のことを理解しようとするとき、自分の人柄や自分の経験の範囲でしか理解できないし、想像もつかないものだと思うのです。自分の範疇を越した、自分が理解できない想像がつかない人を助けたり関わって育てたりひっぱっていったりすることは、不可能だと思う。私だってそうだと思う。だからいいんです。

私は、全然世間知らず人の心知らずじゃないから、理解力は自信があるほうだったけど、それでもこのごろは想像もつかないような事柄や人に出会い、自分はなんでもわかってるつもりだったけど、全然わかってなかった、一般社会というものは意外と大変けったいだし病んでると知ってびっくりした。

世の中も人も、私の理解を越していることが多いと知った。尊敬も信頼もできないいじわるで変な仕事の仕方をおしつけてくる上司、誰が許してその権利や役職についているのか理解に苦しむような人、などにたくさん出会った。もったいないくらいの人がうもれてることもあるし、単に愛すべき変人もいたな。・・まえの職場でのことだけど。

それぞれ、どうもよくわからない変なこだわりをもった人って実に多い。7割がた世の中や人は自分にとってけったいで愚の骨頂なものだと思ったりした。(というか、よのなかってこういうものなんだ、おかしな成り立ちが7割以上なんだと悟った)。

最近思うのが、とってもこれが切実に必要でうまく使えるはずの人がもってなくて、逆に、それを持ってることも気付いていないような人が莫大に持っていてばかみたいな無駄遣いしていること。死んだ方がいいような人が健康に生きて良い人を刻している現実、素晴らしい才能と人柄を持っていて生きていたい人、惜しむ人がたくさんいる人が難病で命がなくて、うまく生きれなくて生きていたくない人が健康で長生きしてしまったがゆえに心の病になる。このわからなさと理不尽さ。

欲しい人が持ってないことはなんとなく理解できる。でも必要とおもってない人やそれにまったく価値を見出してない人がそれを莫大に持ってることについては、もう・・まったくわからない。わからないことは今までだいたい書籍をあたって調べて結構すぐ解決してきたけど、これだけはまだどこにも載ってなくて未解決大疑問です。

お金をもてあまして札束で焼き芋を焼くような人がいる半面、優秀なのにお金がなくて学校へ行きたくてもいけない地域の人、障害をおって病気がちで病院と手術ばっかりして貯金ままならず、という極端な運命の違い、というか無意味な不公平のあること、とくに持ちすぎてる人の無意味さはなんのためだろうと・・・あるいはこれにはこういう意味があるのだよと隙や矛盾のない理屈で教えてくれる書籍に出会いたい、あるいはだれか教えてくれないだろうか。

私も見た目は子供だけど年をとってもう曲がり角をまがったことでもとから思索的なのに拍車がかかったような。周りも同じように年をとってきていて見た目が変わってきてるからまたふと考えてしまう。・・とくにお母さんらの年代の人は「水分が蒸発して干からびて骨太で元気」「衰弱し精気がなくなって」「停滞、退屈、怠慢」「不快と不満と不安」の人のどれかに分類できるように感じる。一日終わると、終わりにちかづいて行ってる。これが事実として肌身に感じられる年頃に人柄に、私もなったなぁ。老人になるなら干からびて元気がいいな。

毎日、毎日が次々あっというまに流れて行ってしまって、気付いたらもう50歳、もう60となるんではないか。とこのごろ焦ります。
私の関わりあいになってる大事な人たちと私の生きてる残り時間は、だとするととても短い。一週間があっというまなら、一生もあっと言う間にちがいない。と思うと手ごたえのある豊かな一日を、感動や感謝や感想のある一日を、できるだけ多く過ごしたいものだと、思います。(だから調子の悪く一日棒にふったりする時はとっても残念におもう)

手始めに日記をちゃんと書こうかな?続いたことなかったけど… 長話、理屈っぽい話に頭、無事ついてこれたでしょうか。あるいはわかってくれなくても読まれなくてもいいんです。基本は自分の生きた証のために書くだけでも書こうと思っています。でも、できたら読んでね よんだら拍手をよろしく。


誕生日おめでとう♪



今月末はセラピスト誕生日でした黒猫がイメージキャラクターのケーキ屋さんなのに、マルチーズが二匹入り込んでる可愛いんでまぁいいか お互い曲がり角は曲がったいい年だけど、下手したら50年くらい生きてしまうかもしれないんで…健康を保って、老後どういう生活をするか、考えながら毎日だらだらせず生きていきたいですね

T・Kさんいつもお世話になります。占い結果差し上げますネ

 あなたは堅実で何事に対してもこつこつとひた向きな姿勢で取り組む努力家です。

責任感や正義感も強く、仲間意識も高い為、周囲の人たちからの人気も抜群に良いようにお見受け致します。仕事やトラブルで困っている人や悩みを抱えている人を見ると放っておくことの出来ない情け深さも手伝い、あなたの周りには常に多くの人がいることでしょう。

しかし、あなたは自分自身が窮地に追い込まれていたとしても、人から頼られると放っておけない、いわゆる「いい人精神」が強い為、しばしば自らを犠牲にしてしまう一面もあるようです。

私の目には、あなたの優しさは『受け身の優しさ』であるように視えます。

本当はあなたが気のりしないことであっても、人のお世話をやいている場合ではない状況であったとしても、あなたは切り離すこと、距離を置くことをしません。心の中では負担に感じることであってもそれを表に出さない為、あなたに依存し甘えきってしまう人もいるようにお見受け致します。

https://contents.nifty.com/member/service/g-way/kotonoha/nifty-gate/kotonoha/602.html@nifty魂の言の葉 妃琉天 二十一日満願成就視たままを述べます~あなたの運命そして開拓への道のり~より、例文を紹介しました。(t・kさん、これズバリじゃないですか。・・・もういい年なのだから(笑)人生あっという間で短いのですから。どうかこれからは、そろそろ人をしょい込まず、自分を第一にしてくださいよ!心配してます)

歴24年,個人エステサロン

日常の喧騒からはなれた 美的体験で 心の癒しと解放感を。 Lotusでは、いつ帰ってもいいような あたたか味とゆとりのある 居心地のよさを 皆様に提供させて頂くことを 目指しています。 皆さまにとってLotusが、癒されて元気になれるパワースポットのような場所になれれば幸いです。

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